LOGIN「セオドア様、お呼びでしょうか?」
カレンを寝かしつけ、今日を終わりたかったのに、彼は私を呼び出さずにいられないらしい。
「そこに座ってくれ。」
「はい。」
彼の執務室に入ると、深くソファにもたれるセオドア様の姿があった。
私が向かいのソファに座ると、セオドア様はワグナーに目配せをして、二人きりになるとすぐに問いかけた。
「さっきのカレンの態度はどういうことだ?」
セオドア様の声には、苛立ちが混じっていて、滅多に感情を表に出さない彼が、明らかに怒っているのがわかる。
前世では、彼がこんなに感情を露わにするところを見たことがなかったし、セオドア様の怒る姿も、苛立つ声も知らなかった。
彼には、いつも静かな理性しかないと思っていたし、こんな顔を一度も見たことがなかった。
私は初めて知る彼の表情に気を取られ、問いへの反応が遅れる。
すると、セオドア様はさらに言葉を重ねる。「聞こえているかい、ジャスミン?」
「あっ、はい、すみません。」
「どうして僕はカレンに嫌われたんだ?」
鋭い視線がまっすぐに刺さる。
私は深く息を吸い、落ち着いた声で答えた。「それは、セオドア様が女性をエスコートしてる姿をカレン様が見てしまって嫌な思いをした後に、その女性の香水の香りをまとって、食堂にいらしたからです。」
「香水の香り?」
「はい。」
「それは子供にとって不快なのか?」
「はい、カレン様は嫌がってました。」
「嫌な匂いではないはずだが?」
セオドア様は納得がいかないとばかりに、険しい表情で質問を重ねる。
初めての衝突に怯みそうになるけれど、彼が理解しようとしているんだから、ちゃんと、カレンの思いを伝えなくっちゃ。「匂いが気に食わないのでは無く、セオドア様から、女性の存在を感じ取ってしまったのです。
カレン様は、あなたがその女性と再婚するかもしれないと、不安に思っているようです。」「なるほど。
だが、カレンとは誰とも再婚はしないと約束しているはずなんだが。」「はい、伺いました。」
「理解しているなら、あの子が不安に思う必要はない。」
「多分、セオドア様を信じていても、不安なんですよ。
それに、父親に近づく女性を見て嫌な気持ちになるのは仕方がありません。」「そんなものか?」
「はい。
その女性にセオドア様を奪われるのではないかと、心配しているのです。 カレン様にとって、頼れる家族はセオドア様だけなのですから。」セオドア様はしばらく黙り込み、指で額を押さえた。
「子供心は難しいな。」
「いえ、その気持ちは子供だけではありません。
誰かを想っているなら、その方に好意のある身内以外の異性が近づくだけで、胸がざわつくものです。」セオドア様は小さく息を吐き、やや苦笑した。
その顔には、少しだけ疲れがにじんでいた。「その気持ちはわかるが、僕の場合は王家を守る保守派の思惑が、そうさせているんだ。
息がかかった女性が、僕を引き込みたくて変わるがわるやって来る。
女に溺れた男には、女を当てがえばなびくと、彼らは思っているのさ。」「そんな。」
「当然の結果さ。
僕は元は王家側だったのに、保守派の意向に背き、ジュリアと結婚したことで教会の支持者になったと思われている。ブライトン家には、王国に影響を与えることができるほど財力があってね。
それを手放したくないのだろう。だから、保守派の女性が常に押しかけて来て、僕と関係を持とうとする。
あわよくば再婚できたら、王家の庇護を永久に得ることができるからね。ジュリアが生きていた頃は、愛人役を作り、他の女性を近づけないようにしていたけれど、今はカレンへの影響を考え、それはできないでいる。
だから、教会側ではないと示すために、保守派の女性達をもてなさないといけないんだ。
僕は安易に教会側につくことも、同じぐらい危険だと考えている。」「そうなんですか。」
「面倒だろ?
だから、次々女性が押しかけようとも、カレンが心配することは何も起こらないんだ。」「そうでしたか。
では、大丈夫だとカレン様に伝えますね。」「ああ、頼むよ。
カレンに嫌われたと思うと、僕の方が食べ物が喉を通らない。」そう言うとセオドア様は自嘲気味に笑った。
「わかっていると思うけれど、このことは他言無用だから、よろしくな。」
「分かりました。
あの、一つだけお聞きしてもいいですか?」「ああ、何だ?」
「セオドア様には、女性の噂がずっとあったとお聞きしています。
亡き奥様がいらした頃も。」彼は薄く笑ったが、その奥にはかすかな哀しみが見えた。
「よく知っているね。
エスター子爵夫人から聞いたのかな? その頃もずっとあったし、むしろ今よりも多かった。 何しろあの頃は、教会が最も大切にしていた大魔法使いの女性と結婚していたからね。保守派は必死で愛人にしろと、女性を送って来ていたよ。
僕の力がすべて教会に向くのを恐れたんだ。」「だから、セオドア様はその中の一人を選び、愛人にしていたのですか?」
「いや、誰一人愛人になんてしていなかった。」
短く、しかし静かに言い切った。
「でも、いらっしゃったと伺っています。」
「さっきも言った通り、愛人役を作り、そう見せていただけだ。
あまりにも保守派が執拗でね。」「…そのことを奥様には伝えなかったのですか?」
「妻は僕に愛人がいるかなんて、気に留めなかったさ。
彼女は日々忙しく、魔法を使い、王国を守ることにすべてを注いでいたからね。僕は彼女に愛を伝えていたけれど、彼女にとって僕は、子供を成すための存在に過ぎなかった。
僕は心の底から妻を愛していたけどね。話し過ぎてしまった。
今のは聞かなかったことにしてくれ。 …こんな話、君にするつもりではなかったんだけれど、どうも君には、ついつい本音を口にしてしまうようだ。」「…そうですか。」
気づけば私は立ち上がり、どうやって執務室を出たのかも覚えていないまま、ぼんやりとした足取りで自室へと戻っていた。
そして、ベッドに腰かけ、先ほどのセオドア様の話を考え続けていた。
彼がカレンのナニーである私に、嘘をつくとは思えないから、あの話の大部分は本当なのだろう。
当時の彼が、私を愛していただなんて、知らなかった。
だから愛人がいると聞いてからは、心のどこかで彼を責め、避け続けた。愛し合って結婚したはずなのに、いざ夫婦になってみれば、彼の周りにはいつも別の女の影があって苦しくて、魔法に没頭するふりをして逃げていた。
私には使命があり、邸を空けることもしばしばだし、妻の務めの社交だってしていない。
愛人がいても、愛されていないんだから、仕方ない。
そう心のどこかで言い訳して。けれど、彼が言う通り本当は私を愛していたというのなら、彼は私に毒を盛った犯人ではないということだ。
そう思えば少しだけ私の満たされない想いは、解消されていくのであった。
ジャスミンとセオドア様は二人の意志で、再び結婚することをカレンに告げた。「おめでとう。 ジャスミン、お父様。」 カレンはにこやかに微笑みながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべている。「嫌ではない?」 少しだけ不安に思い、尋ねる。「まさか、お父様がジャスミンがお母様だと教えてくれた時から、こうなることはわかっていたわ。 だってお父様ったら、ジャスミンにべったりだもの。」「そうかしら?」 照れ笑いする私に、カレンはいたずらっぽく目を細めた。「そうよ。 お父様の視線の先には、いつもジャスミンがいるの。 気づいていないのはきっと、ジャスミンだけだと思うわ。」「えっ、そうなの?」「そうよ。 だからこそ、お父様は私にジャスミンがお母様だって、伝えたんだと思うわ。」「…そうなの?」「ジャスミンってそういうことに鈍感なのね。 誰の目から見ても明らかなのに。」「まあ、カレンがそんなことを言うだなんて。」 「私はジャスミンより恋愛を理解しているつもりよ。」「そうなのね。」 私はふっと笑いながら、カレンの横顔を見つめた。 いつまでも子供だと思っていたカレンはもう一人の女性として成長しているのね。 そう思うと、胸の奥が温かくなる。 もしかして私は、魔法ばかりの人生だったから、こういう感情に疎かったのかもしれない。 ある日の午後、庭園でカレンがユーリーに魔法の指導を受けていた。 風が花々の間を通り抜け、柔らかい午後の日差しが照らしている。 キャサリンがセオドア様と並んでベンチに座り、カレン達を眺めていると、指導終わりのユーリーが歩み寄って来た。「前から思っていたけど、もしかしてジュリア様?」「えっ? どうしてわかったの?」 私は驚いて目を瞬く。「だって、ブライトン侯爵様の眼差しが、ジュリア様に向けていたものと全く同じなんですもの。」「そうかしら。」 そう言われて私達二人を見ても、セオドア様が少しだけ私のそばにいて、手を取っている以外は特に変わりない気がするけれど、周りにはそう見えないらしい。 私が頬に手を当てて微笑むと、ユーリーは肩をすくめながら言った。「ブライトン侯爵様がこんなふうに女性を見つめるのは、ジュリア様である証拠だわ。」「そうなの? そんなに違うのかしら。」「わかってないのね。 ジュリア様がい
暖かな蝋燭の灯りが静かに二人を包み込み、ティーカップの中の香り立つお茶が、心をそっと癒してくれる。 それでも、セオドア様の想いを知るほどに、私の胸の奥に、熱いものが込み上げ、言葉を奪う。 これまで何度も向き合い損ねた記憶が、まるで波のように押し寄せては、私に責めたてる。 どうして、あの頃は彼の優しさに気づけなかったのだろう。 大魔法使いの役割なんて、知らない人が多数だし、それをいちいち理解してほしいとも、思っていなかった。 けれど、セオドア様はすべて知ってなお、支えてくれていたのだ。 あの時の私は、そんなことに気づく余裕も時間もなかった。 こんなに大切に思ってくれる人と向き合わず、仕事と不貞を言い訳に、セオドア様を避けていた。 欲しかった愛は、すぐ目の前にあったのだ。 私を抱きしめるように、ずっと。 そっと彼の腕に触れると、あたたかなぬくもりが手のひらに広がり、胸の奥から涙が込み上げた。「…ごめんなさい、セオドア様のことをもっと信じて、話し合う時間を作れば良かった。」 震える声で告げると、彼は静かに微笑んだ。「もう過ぎたことは、悔やまなくていい。 君はいつだって大魔法使いとして、立派にその役割を果たしていたんだから。 君の方こそ、恨まれる原因を作ってしまった僕を許せるかい?」「ええ、あなたが悪くないのはわかったわ。 まさかこんなことになるなんて、誰にも予想できなかったのだから。」「ありがとう。 二度目の人生も僕といてくれるかい? 今度こそ、君を愛していると余すところなく伝えたいんだ。」「ええ、嬉しいわ。」「良かった。 なるべくわかりやすく伝えるように努力するよ。 だって僕は、共に過ごせるだけで、十分幸せだから。」 その声は、長い孤独を溶かすように優しかった。 セオドア様がそっと私の髪を撫で、額に唇を落とす。「好きだよ。 どんな姿であっても。」 その瞳は言葉よりも甘く、真実だけを私に囁いていた。 私は震える声で彼を見上げる。「私、もう一度あなたの隣で生きたい。 カレンも一緒に。」「もちろんだよ」 セオドア様は柔らかく笑い、私の手を包み込んだ。「君だと気づいた時から、僕はそのつもりだった。 ただ、カレンは多感な年頃だから、見た目が若い君に夢中になっている僕を、彼女がどう思うか不安だったんだ。」
夜の静寂に包まれた部屋で、二人だけの夜が深けていく。 お茶で一息つくと、セオドア様はジャスミンを見つめて話し出した。「僕は元々ブライトン侯爵家の当主になる予定ではなかったんだ。 上に兄がいてね、何も期待されず、物心ついた頃から騎士として国境の警備をしていたよ。」 そう話す彼の目には、遠い過去が映っているようだった。「王国内は結界で守られているけど、外側には常に魔獣がいて、綻びから内側に侵入しようと絶えず狙っているのは知っているよね。」「ええ。」「いざその隙間から魔獣が侵入すると、僕達騎士は懸命にそれを食い止める。 けれど、その中で犠牲になる者もいて、魔法使い達が現れて結界を張り終えるまで、必死の思いで戦って持ち堪えようとしていた。」 彼は拳を握りしめ、その横顔は若き日の痛みをまだ宿している。「どんなに頑張っても仲間は倒れていく、何度も挫けそうになっていて、僕達にとって魔法使いは救世主のような存在だった。 その中でも、大魔法使いであるジュリアの力は、常に僕達の希望なんだよ。」「じゃあ、私と国境で会ったことがあるの?」「ああ、君には使命があり、僕達騎士などには目もくれないけれど、僕は何度も君に助けられている。」「そうなのね。 知らなかったわ。」 ジャスミンが目を伏せると、セオドア様は微笑んだ。「ああ、そうだろうね。 ジュリアの仕事は忙しく、あちこちに転移して飛び回っていると聞いていた。」「ええ、次から次へと結界の綻びが見つかるから、張り終えるとすぐに次の場所に行き、騎士の方とお話しようとも思ったことはなかったわ。」「ああ、それはわかっているつもりだよ。 だから、振り返ってほしいなんて、一度も思わずに気がつけば、いつの間にか君を好きになっていた。 堂々と魔法で僕達を救う姿は、颯爽としていて、希望そのものだったんだ。」 蝋燭の灯が小さく揺れる。「ある時、魔法使い達が君にも後継が必要だと話しているのを聞いてね。 貴族であることが条件だと知って、僕はすぐに名乗り出たんだ。 大魔法使いである君を支えたいと思ったんだ。 けれどそのことで、保守派や王族が騒ぎ出した。 僕はただ君に憧れ、君を支えて生きていきたいと思っただけなのに。」 私は小さく息を呑む。「君の能力にどれほど助けられて生きているか、王都で守られて暮らす者達は
別邸には、ワグナーの拘束やローレッタを呼び寄せた記憶など、良い思い出がほとんどなかったので、ジャスミン達は早々にブライトン邸へ戻っていた。 庭園には風がそよぎ、陽射しがお茶の表面にきらめいている。 テーブルを囲み、私とセオドア様、カレンでお茶を飲んでいると、セオドア様がティーカップを置き、少し真剣な声で告げた。「カレン、君に話しておきたいことがあるんだ。」「何、お父様?」 カレンは不思議そうに首を傾げる。 セオドア様は一度私を見て、静かに息をついた。「驚くと思うけれど、ジャスミンのことで、カレンにも真実を知ってもらいたい。」「わかったわ。」「ジャスミンは、転生したジュリアなんだ。 つまり、君のお母さんだよ。」「えっ?」 カレンは目を見開いた。「驚くのも無理はない。 けれど、ジュリアは大魔法使いだっただろう? 前世で命の危機に瀕したとき、転生魔法を使って生まれ変わることにしたんだ。 だが転生する時に、魔力をすべて使い果たしてしまったから、もう魔法は使えない。」「そんな…本当なの、ジャスミン?」「ええ、本当よ。 命の危険があったから、すべて解決するまで話せなかった。 でも、セオドア様とポーラには気づかれてしまったけれど。」 私は柔らかく微笑み、まっすぐな瞳で答えるようにした。 彼女には何を聞かれようと、真摯に答えるつもりだ。「お母様の肖像画を見たわ。 全然姿が違うのね?」「ええ、そうよ。 姿が変わった理由は、私にもわからないけれど。」 カレンはじっと私を見つめ、やがて小さく頷いた。「そっか、言われてみたらそんな気もする。 だってジャスミンは本当のお母様みたいにとても親身になってくれたもの。 それに、毒味をしてくれていたから。」 「そうだったのね。」「うん。 普通ならそこまでしてくれないよね。 ポーラは特別だけど。」「そうね。 ポーラは私の代理として頑張ってくれていたの。 とても感謝しているわ。 ずっと秘密にしていてごめんね。」「ううん、いいの。 お母様の命が一番大切だから。」「ありがとう。」 セオドア様がゆっくりとカレンを見た。「カレン、だからジュリアの姿形が変わっても、彼女を愛してしまう僕をわかってほしい。 どうしても止められなかった。」「お父様は、早くから気づいてたんでしょ
「今、構わないだろうか?」 ジャスミンが顔を上げると、セオドア様が立っていた。「ええ、セオドア様。」 毒に倒れてからまだ日も浅いというのに、彼はすべての後始末を終えたのだろう。 目の下には深いクマが刻まれていて、その疲れ切った様子に、思わず胸が痛んだ。 私はまた彼を心配している。 あの時、毒を飲もうとした私を、彼は止めてくれたけれど、その一方でローレッタを夕食に招いていた。 もしかしたら、彼女と再び関係を持つのではと考えると、胸が締め付けられる。 信じるのはやめようと思うのに、また信じる。 セオドア様に心を揺さぶられ続ける人生に、もううんざりしているはずなのに繰り返す自分に呆れてしまう。 彼は部屋に入り、机のそばの椅子に腰を下ろした。 蝋燭の明かりが、彼の険しい横顔を照らす。「まずは君を狙った犯人だが、すべてワグナーだった。 だからもう安心していい。」「前回もなの?」「ああ、僕が教会に近づくのを阻止するためさ。 ワグナーを捕らえたから、いずれそれを指揮した貴族達も捕えるだろう。」「前回は私が大魔法使いだから、教会と繋がるのを嫌がるのはわかるけれど、今回はただの民だわ。 なのに狙われたのはどうして?」 セオドア様は目を伏せ、小さく息を吐いた。「君を失えば、再び保守派の女性と関わるようになると考えたのだろう。 そんなことあり得ないのに。」「そこまでして、セオドア様が教会と関わるのを嫌う理由はどうしてなの?」「すべては権力と金の流れさ。 ブライトン家はずっと保守派の財源的存在だったんだ。 だが、僕が当主になり、その流れを変えてしまった。 そのせいで保守派は資金不足に陥って、規模を縮小せざるを得なかった。 それが許せないのだろう。 それにターベル公爵の友人で、圧力がかけにくい。 だから、手荒な方法に出たんだと思う。」「そんなことのために、私は二度も命を狙われたの?」 私の声が震えた。 セオドア様はその震えに気づきながらも、真実を話そうと静かに頷く。「残念ながらそうだ。」「ワグナーのことも、私はずっと信じていたわ。」「それは僕も同じだよ。 ワグナーは長年ブライトン侯爵家に仕えてきた忠実な執事だった。 まさか裏で保守派と繋がっていたとは、自分に毒を盛られるまで、気づかなかったよ。」「でも、どうして気づ
「ローレッタ、お待たせしたね。 料理は美味しかったかい?」 客間の扉を開けると、彼女は空になったワイングラスを指で弄んでいた。 蝋燭の灯りがその紅い唇を照らし、少し膨れたように尖らせている。「もう、セオドア様ったら遅いわ。 一人で寂しかった。」「悪かったね。 どうしても君が必要だったんだ。」「まあ、嬉しい。 やっと私とお付き合いしてくれる気になったのね。」 ローレッタは媚びるように笑いながら、白い手を伸ばして僕の袖に触れようとした。 しかし、わずかに身を引き、静かな声で続ける。「悪いが、僕が考えていたのは、君が思っていたのとは少し違うんだ。 僕達が付き合っているように見せることに協力してくれたことは感謝している。 確かワグナーが間に入ったんだよな。」「ええ、そうよ。 ぜひ演じてほしいと言われてね。」「その他に何か聞いていたかい? 例えば、ジュリアがいなくなった後のこととか?」「いいえ、何も。 ワグナーさんは彼女が亡くなってからは、途端に連絡して来なくなったのよ。 私がいくらセオドア様をお慰めしたいって言っても、とり持ってくれなかったわ。」「そうか。 じゃあ、君はキャサリンのことも聞いていなかったのかい?」「誰それ? 私知らないわ。」「そうか、だったらいいんだが、実は僕に新しく好きな女性ができたんだ。 だから、今後、君と個人的に会うことはないだろう。 これは少しだけど、君への感謝の気持ちだよ。 受け取ってくれ。」 僕は淡々と告げ、小箱をテーブルの上に置いた。 ローレッタがそれを開けると、光沢のある宝石と金の装飾品がぎっしりと並んでいる。「ありがとう。 手切れ金ってわけね。」 ローレッタは俯きながら笑い、宝石を一つ指先で転がした。「そう思ってくれてかまわない。」「こんな物よりあなたが欲しかったのに。 だから、ジュリア様が私の邸に来た時、事後を装って追い返したのよ。」「そんなことを?」「ええ、ジュリア様は青ざめて帰って行ったわ。 その後すぐ亡くなって、私も少し反省したわ。 でも、謝らないわよ。 私は恋人のフリをする約束を守っただけだから。 私だってあなたが好きで協力したのよ。」「わかってる。 エントランスまで送るよ。 馬車を待たせている。」「ええ。」 玄関先の夜風に吹かれなが







